評価に「ゼロ」はない

 

 

評価に「ゼロ」はありません

 

評価には「プラス」か「マイナス」しかないのです

 

「初めて入る定食屋さん」を想像してみてください

 

食べた後の店に対する評価は

「また行こう」か「もう行かない」かの

2択になるはずです

 

「ゼロ」という評価はないのです

 

しかしながら

往々にして人は「自己評価」に関しては

「ゼロ」を用いてしまうことがあります

 

評価に「ゼロ」はない・・・

 

これを徹底しないと

成長しない言い訳ができてしまうんですね

 

年4回、自己評価を下す状況があったとして

「プラス」か「マイナス」だけに評価を絞ると

 

1回目「結果が出たのでプラス3の評価です」

2回目「未達だったのでマイナス2です」

3回目「あと一息だったのでマイナス1です」

4回目「大きな成果を出したのでプラス4です」

 

結果、プラス4だったと評価できます

 

しかしここに「ゼロ」を取り入れてしまうとどうなるか?

 

1回目「結果が出たのでプラス3の評価です」

2回目「未達でしたのでプラスはありません

3回目「あと一息でしたね。現状維持です

4回目「大きな成果を出したのでプラス4です」

 

同じ人を評価したとしても

結果に「3」の差が生まれてしまっています

 

このように「ゼロ」という名の「現状維持」を受け入れると

あたかも自分が

順調に成長しているように錯覚してしまいます

 

お分かりの通り

"現状維持はマイナスです"

 

公平で明確なマイナス評価があるからこそ

適正な評価を下すことができるという訳です

 

裏を返せば

現状維持を問題視しない組織は

いずれ破綻するとも考えられるでしょう

 

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身近に

「どうしてもご利用者に感情的に対応してしまう」

と悩んでいる介護士がいます

 

「そんな自分をどうにかしたい」

「なんて自分はダメなんだ」

そんなことを漏らしていましたが

「人」を責めたってしょうがないんです

 

それが許される「ルール」に問題があると

僕は考えています

 

簡単な話が

「勤務態度に対する査定を明確にすること」でしょう

 

定期的な面談や、他社員からのヒアリングでもって

数字で評価できる基準を作り、

その変化を報酬に反映させる

 

「○○が理由で、前期よりもボーナスが●●円減った」

 

それが明確になるだけで

職員の業務に対する意識は

目に見えて変わるように思います

 

とはいえルールを変えることは簡単ではないので

個人レベルで出来ることとして

「その態度が通用しているのは当たり前じゃない」

と再認識することで

抑制できるかもしれませんね

 

「やめられては困るから、どんな人材でも受け入れる」

それをやり続けた結果

「雇っていることの方が損失になるような社員」

を生み出し続けていては、意味がありません

 

まだ何の責任もない一社員の戯言ですが

来たるべき時に備えて

 

数字で考える癖、仕組みを疑う視点を

こうしたアウトプットを通して

これから身につけていきたいです

 

ばやし

 

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